安藤優子さんと西野精治さんが、眠りについて語り合う最終回は、意外と知らない睡眠の真実をご紹介。睡眠を疎かにするとどんな影響があるのか、良い睡眠とは何か、何に気をつければ良いのか。目からウロコの情報をお届けします。
良い睡眠は生活の質から考える
今まで睡眠についてお話を伺ってきましたが、結局良い睡眠ってなんでしょう? 私は人間必ず眠くなるから、そうしたら眠ればいいじゃないという理屈だと思っていたんです。
睡眠は個人差が大きいんですね。例えば不眠症。これは検査をして不眠症だと診断することはできなくて、眠れないという本人の訴えと、それによって日中の生活の支障が出ているかどうかが重要なんです。眠れないことも問題ですが、そのためにイライラしたり、集中力がなくなったりと、生活に支障が出て、不眠症となるわけです。
脳のメカニズムではないんですね。
そうですね。だからショートスリーパーのように睡眠時間が短くても、日中何の影響もなければ、あまり問題はないわけです。眠るための人生じゃないんだから、日中の生活に問題がなければ、神経質に考える必要はありません。むしろ今日眠れなかったらどうしようと神経質になる方が良くない。
寝なくちゃ!寝なくちゃ!と思うことが眠れない原因を作るという。
そうです。一晩ぐらいなら眠れなくてもどうってことないと思った方がいい。日中の生活をより充実させるための睡眠ですから。
認知機能から代謝まで、睡眠と健康の深い関係
日中の支障以外にも、体に影響があるのでしょうか。
様々な影響があることがわかっています。例えば脳内で作られるタンパク質、アミロイドβは、脳への蓄積がアルツハイマー病と深く関係していることが知られています。その排泄を効果的に行えるのが睡眠です。
日中にも行われているけれど、睡眠中の方がいいということですか?
その通りです。起きているときは考えたり、活動したり、脳は色々な処理をしているので、排泄をうまくできず、睡眠中には脳の老廃物を排出する働きが活発になることがわかっています。それが毎晩繰り返されるわけですから、長期的に見るとリスクは上がります。睡眠不足は、認知症をはじめ、精神疾患や感染症、がんなど様々な健康リスクとの関連が報告されています。また肥満にも関連しています。
太るんですか?
脂肪細胞から分泌されるレプチンというホルモンがあるのですが、これは満腹ホルモンとも呼ばれていて、脳の満腹中枢を刺激して、食べる量を制御します。ただ、睡眠不足はレプチンの分泌を減らします。また、寝る直前まで食べている人もいて、エネルギーとして消費できないから太ります。
睡眠がすべてじゃないけど、睡眠を取らないことによって食べるという行動につながる恐れがあるんですね。
そうなるとインスリンの分泌が悪くなったりして、糖尿病や高血圧などを引き起こす可能性があります。また子供にも睡眠障害はあります。例えば子供でも睡眠時無呼吸症候群はあって、彼らには成長の遅れや低身長がみられることがあります。これは扁桃やアデノイドの肥大が原因だったりするのですが、手術をして一気に身長が伸びたという事例もあるんです。
寝る子は育つというのは本当なんですね。
子供の場合は脳の発達にも関連するとも言われています。だから脳が未発達の乳児は多くの睡眠をとるんです。だから子供の睡眠は大人以上に大切です。
では良い睡眠を取るにはどうしたらいいでしょう?
大切なのは入眠直後の深いノンレム睡眠。この時間に細胞を修復したり、骨や筋肉を形成する成長ホルモンが最も多く分泌されるからです。この成長ホルモンは年々分泌量は減ってきますが、高齢者でも分泌されています。
ということは良い睡眠は、肌にも良いということですね。なるほど入眠した最初が肝心と。
だから飲んで帰ってきた父親が「帰ったぞ〜」と寝ている家族に声をかけるなんてことは、絶対にやったらダメです(笑)
深く眠るにはどうしたらいいのでしょうか。
規則正しい生活が一番です。体のリズムが形成されると、夜は自然と眠くなり、朝になると目覚めやすくなります。ただ「シンデレラタイム」というのはありません。
22時から2時の間に寝るといいと言われていますよね。
それは間違いです。成長ホルモンの分泌は時刻そのものより、入眠後の深い睡眠と強く関係しています。
じゃあ昼寝でも、よく寝たら成長ホルモンは出る?
出ます。例えば昔は小学生になったら昼寝はいらないと言われていました。ところが大人も子供も、睡眠時間が短くなった現在では、昼寝のデメリットよりもメリットの方が大きいとわかってきました。ある観察研究では、昼寝をしない人に比べ、30分未満の昼寝をする人では認知症の発症リスクが低いという結果が出ています。一方、1時間以上昼寝をする人ではリスクが高い傾向がみられました。
じゃあ適度な昼寝を毎日した方がいいんですね。
糖尿病でも同じような結果が出ています。ただ、これは根本解決ではなく、睡眠時間を補填しているだけですから、本来はきちんと寝る方がいいです。
睡眠の質を決めるのは、最初の深いノンレム睡眠
どれぐらい寝ればいいのでしょう?
アメリカで100万人以上を対象にした疫学研究では、7時間程度眠る人が死亡率が最も低いという結果が出ました。
短くても、長くてもダメなんですね。でも、年齢を重ねると眠りが浅くなったり、途中で起きたりすることが増えますよね。
年齢的なものは避けて通れませんから、自分の若い頃と比べても意味がありません。同年代の人と比べて極端に睡眠が阻害されていたり、日中の生活に支障が出るかで判断しましょう。
日本人の睡眠時間はどうですか?
経済協力開発機構(OECD)の2021年版の調査では、日本人の平均睡眠時間は7時間22分で、調査対象国の中でも最も短い水準でした。さらに働き盛りは6時間未満。また以前私たちが調べたデータでは東京の人は平均 5.5〜6時間でした。また、男性よりも女性の方が睡眠時間が短かった。つまり、東京の働き盛りの女性が世界で一番睡眠時間が短いと言っても過言ではない。
女性の方がなんでこんなに頑張っているんだろうと思うことがすごくあります。授乳など、生物学的に女性に負担がかかる部分もありますが、それとは別に、仕事も家事も、子育ても、介護も、社会通念上女性がやらなければならないとされることが多くて。結局睡眠を削ることになる。
でもね、ヨーロッパの人たちは女性の方が30〜40分長く寝る傾向にあるんですよ。逆に日本、韓国、インドは男性に比べて女性は20〜40分短いです。
どうしてそんなことになるんでしょうね。私は母の認知症の介護をしていました。平日は仕事をして、金曜の夜に実家に行き、土日は介護をして、その間に海外出張も入って。介護で睡眠を遮断されることはありませんでしたが、認知症ゆえの不安は常に抱えていて、ストレスからくる睡眠への影響はきっとあったと思っています。
より良い睡眠を、より良い人生につなげる
睡眠にはホルモンも関与してくるのですが、女性は生涯を通じて、ホルモンバランスが変化し続けます。月経、妊娠、出産、更年期。睡眠を悪くする要素が非常に多いので気をつけてほしいですね。また私が今気になっているのはシフトワークです。例えば製造業の中には1〜2週間ごとに昼夜が入れ替わるシフトが組まれることがあるそうです。それは1〜2週間に1回時差ボケが起きるということです。研究では彼らの生産性は落ちていたり、体にも悪影響があるという結果が出ていますので、解決策を提唱するべきだと思っています。これは睡眠学者だけでなく、時間生物学、時間栄養学、産業医、経営者や管理システムなど、横断的に考える必要があると思います。例えばアメリカでは、夜勤だけの募集をしているんですね。その分彼らの給料は高く設定したりする。そうやって健康管理をすれば、利益が上がることにもつながる。睡眠をよくして、健康被害が少なくなればパフォーマンスも上がるわけですから。
予防に投資をする方が、将来的な医療費を抑えることにもつながりますよね。
それでみんなハッピーにもなる。
他に睡眠を改善する方法はありますか?
実は色々なものが睡眠に影響を与えているんですよ。例えば温度や湿度が高ければ、眠れなくなる。心配ごとがあると眠れない。体の痛みがあっても眠れない。
確かに色々な要因がありますね。
逆に考えると、ちょっとしたことがポジティブに働くこともあるんです。例えば私の調査では40歳以上の6割がベッドにスマホを持ち込んでいましたが、寝る前に脳を働かせるのは良い睡眠を阻害する可能性が高い。そういった誤った行動を少しずつ正してみるといいでしょう。個人差もありますから、気楽に考えて、まずは取り入れてみて、良かったら続けてみる。
私は朝は空気を入れ替えて、ベッドを整えて、肌触りの良いタオルケットに包まれて寝るのが好きですが、意外と簡単に睡眠環境は改善できるものですよね。今回お話を伺って、睡眠環境をパーフェクトには整えられないかもしれないけれど、睡眠が自分のパフォーマンスにどう影響を与えているか、それが社会全体にどうつながるのかを知っているか、知らないかは大違いだと実感しました。もっと多くの方に睡眠の重要性を知っていただきたいですね。
そうですね。毎日のことである睡眠は敵に回すと手強いですが、味方につけたら心強い存在です。正しい知識を得て、睡眠を味方につけて、より良い人生、充実した生活を送っていただきたいですね。
WRITING
SLEEP ACTION LAB 編集部
SLEEP ACTION LAB の編集チームです。医師・研究者の監修のもと、睡眠の悩みや疑問、そしてさまざまな人の眠り方を取材し、「眠りを、みんなで考える」ための記事をお届けしています。