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安藤優子

安藤優子

キャスター・ジャーナリスト。報道・情報番組のメインキャスターを長年務め、湾岸戦争やルワンダ難民をはじめ国内外の現場を数多く取材してきた。「眠れるときに眠る」を信条に、いまは早寝早起きの生活へ。夫とフレンチブルドッグと暮らし、朝夕の散歩が一日のリズムをつくっている。

あなたにとって睡眠とは?

「生きるために欠かせないエンジン」

湾岸戦争、命がけの脱出行

 1990年の夏にイラクがクエートに侵攻して始まったいわゆる「湾岸戦争」の取材でクエートの隣国であるヨルダンに滞在していたが、いよいよ戦況が激化してきてヨルダンからも退避することになった。陸路北上してシリアに出る案とかいろいろ検討した結果、ヨルダンの国営航空会社が最後に一便だけ外国人用に避難便を飛ばすという情報が流れてきて、とにもかくにもそれに乗りたいと空港に急いだ。果たして、その便に乗りたい人々ですでに長い行列ができていて、聞くと搭乗の優先順位は、まずは子ども、そしてその子どもの親か同行者、女性、そしてなぜかアメリカ人、それからその他の外国人男性だという。私のクルーは、女性は私だけで、あとは男性ディレクターとカメラマン、音声さんという編成で、行列のかなり後ろの方にとりあえず並んでみた。すると、もう満杯でだめかなぁとあきらめかけたタイミングで、女性である私が搭乗オッケイとなって前に連れていかれた。残るクルーの3人はどうなるのか・・・・。ちなみに飛んで行く先はキプロス島だと搭乗してから分かった。けっきょくフライト中はずっとシートベルト着用で(ミサイルが飛び交う真ん中を北上するから)、仲間のクルー3人がぎりぎりセーフで搭乗できたことはキプロスに着いてから知った。

安藤優子|取材風景

異様な緊張感につつまれたフライトだった。イラクがイスラエルとミサイルを撃ち合っているその最中を空路上は「突っ切る」かたちのフライトだったからだ。しかも、フライトアテンダントは、すべて航空会社の役員のおじさまたちで、全員がダークスーツに身をつつんで、にこりともしない。通常のCAさんたちは危険すぎるフライトのため搭乗させられないからだ。子どもの泣き声だけがシーンと静まりかえっている機内に響きわたっていた。離陸から着陸まで、どのくらいの時間が経ったか・・・・。正確には2時間弱のフライトなのだが、息をひそめて乗っていたせいか、永遠にちかい時間に思え、無事航空機の車輪が滑走路に接した瞬間に大きな拍手がまきおこった。気がつけば、首も肩も身体じゅうがコチコチに固まっていた。

しかし次なる問題はキプロスからどうするかである。私はいつか帰国するために英国・ブリティシュエアーのチケットを持っていたので、なんとかしてロンドンまで行きつく方法を考えなくてはならない。あとから搭乗したディレクターたちはとりあえずキプロスに残ることになって、私だけが夜のロンドン行きの空席を必死の争奪戦のあげくに確保することができた。ロンドンに着けばもうなんとでもなる。疲れ果てた乗客でぎっしり満員の座席で、5時間のフライトを眠れずにすごした。

ロンドンはすでに午後11時をまわっていて、人影もまばらで嫌な予感がした。やはりというか、頼みのBAのカウンターには誰もおらず、案内所のようなカウンターも閉まっている。ファーストクラスのチケットを持っているのだから、すぐにでもホテルとか手配してくれると高をくくっていた。が、甘かった。携帯もスマホもない時代だから、こうなれば頼みの綱は公衆電話と電話帳だ。が、名前の知れたホテルはすべて深夜のあやしい客を電話で門前払いにした。だからもうなかばヤケクソで、テキトーに目についたいかにも「お安い」ホテルに電話をかけてみた。するとちょっと変わったなまりのある英語を話す男性が出て、事情を話すと「一部屋ならある」という。住所をメモしてタクシーに飛び乗った。場所がどこだったか、今でも思い出せないが、住所が示していたのは、玄関先に数段の階段がある小さな民家のような・・・。ただ、もう疲れきっていて「そこが安心できる場所」なのかどうかさえも考える余裕がない。つまり、私には他の選択肢はないということ。えいやっとドアを開けるとことのほか若い男性がフロントのような場所に立っていて、私の荷物をすぐに持って部屋に案内してくれた。6畳もないくらいのコンパクトな部屋で、ダブルベッドが不似合いだった。でも「これで私は眠れる!」と思った。ヨルダンの空港からゆうに12時間以上が経っていた。

白ワインと「泥のように眠った」夜

身体が悲鳴を上げてへとへとなのに、頭から緊張感が抜けず、ベッドに横になっても眠れそうにもない。むしょうにワインが飲みたくなってフロントに電話をすると、さきほどの彼に「ルームサービスはないけど、自分が飲んでいるワインならあげる」と言われ、またのこのこフロントに降りて行き、彼の飲みかけの白ワインをふたりして玄関前の階段に腰かけて、ちびちび飲んだ。彼はプエルトリコ人であること、私は湾岸戦争を取材して帰りの途にあることなど、お互いのことを少しばかり話して、白ワインが空いた。私は彼のワインを飲んでしまったことを詫びて、でも美味しかったとつたえた。そして、部屋にもどり、思いっきりベッドにダイブした。

その時あることに気づいた。それは枕カバーをはじめとする寝具がとびきり清潔で、ピシッと整えられているということ。お世辞にも小奇麗な宿ではない。なのに寝具とベッド周りの空気がなんとも清々としているのだ。ここには空襲警報もない。真っ白ですべらかな枕が「おつかれさん」とつつみこんでくれて、心底安心しきって、文字通り「泥のように」眠った。眠れることがどれほど「あたりまえ」のようでそうではないか、母が布団に入るときの毎度の口ぐせ、「寝るほど楽はなかりけり・・・」が浮かんだ。安心して眠れることはなんと贅沢なことか。身に染みた。

報道の最前線で「眠りへの渇望」

ことほど左様に、報道での仕事は常に「寝る」ことへの渇望みたいなものがあった。基本、365日24時間、何かニュースが発生すれば対応することが求められた。だからいつでもどこにでも取材に行けるように、もしくは特別番組として速報に対応できるように、どこかで身構えていた。報道センターの速報を知らせる通信社のピーという音が鳴ると、すぐに腰を浮かせて反応した。事件、事故、災害、戦争、紛争、どんな現場にも行くことが自分の仕事だと思っていた。パスポートは常にバッグに入っていたし、簡単な洗面道具とかもいつも持って歩いていた。時差ボケはなかば常態化していて、飛行機で「眠る」かどうかは目的地での仕事を考えて案配した。というか、だいたいフライト中はとても貴重な事前準備と下調べの時間で、大急ぎでかき集めた資料を読み込んだりと、目的地に着いてすぐに仕事ができるように眠っている場合ではないときも多々あった。だからいつも「眠りたい」と思っていた。眠ることへのこだわりではなく、眠ること自体への欲求だった。

安藤優子|ルワンダ難民の孤児たちを取材

アフリカのルワンダで民族対立から大量の難民が隣国のザイール(現・コンゴ民主共和国)に押し寄せ、日本からも自衛隊が国際人道救援の名の下に派遣された。このときも自衛隊の活動と難民の実態を取材するためにザイールに滞在していたが、爆撃で天井がなくなった「ホテル」の床に寝袋にくるまって寝た。もっと正確にいうと、各室を隔てる壁はあるが、天井はなく、ベッドはマットが無くワクだけが残っていた。だからなんとなく、ベッドのワク内に寝袋を敷いて寝た。それでも1万人単位でルワンダから逃げこんで来るひとたちであふれかえっている難民キャンプで、ブルーシートの上で裸同然で眠る老若男女のことを思えば、なんとも「恵まれた」環境であった。この時も、取材クルーは私のみが女性で、朝起きて部屋のドアを開けるとそこは外廊下で、他の男性クルーの洗濯物がロープに干されているという具合。でもそこで誰かしらがコッヘルでお湯を沸かして、パリから持ち込んだインスタントコーヒーを飲むのがひとときの安らぎでもあった。眠ってまた無事新しい朝が来た!という実感というか。

私の眠りの記憶はこういう「規格外」のものが多い。他人さまからは「よく眠れるね~」と驚かれるが、眠れるときに眠ることがどれほど自分を助けてくれるかが骨身にしみているので、そのチャンスを逃すことはできない。眠ることでリセットしていくある種の心身リズムができているのかもしれない。つまり、私にとって「眠る」ことは休息なんだけど、次への「エンジン」でもあるのだ。

犬と暮らして見つけた眠りある生活

今は報道の最前線にいるのではないので、さすがに寝ないで仕事をするという場面は極端に減った。だから私はできるだけ寝るように生活している。夜遅くまで起きていて何かしたいということはまったくない。早めに夕飯を摂って、晩酌して、できるだけ早くベッドルームに行く。犬と暮らしているからなおのこと、朝は4時から5時の間には必ず起きて、散歩に出る。帰って来てからお風呂に入って身支度をして、と、朝はどんどん活動する。一日の活動量を100とすると、比重でいうとかなりのフル稼働なので午前中50、夕方までが40、夜は10くらいの配分となる。40歳に始めた筋トレや自分の身体のメンテナンスはよほどのことがないかぎり午前中にスケジューリングする。集中しなくてはならない原稿書きやその他のデスクワークも、午前中に終わらせることにしている。その昔は、深夜にワイン飲みながら原稿書くなんていう不遜な「芸当」ができたけど、今はそんなことは想像すらできない。当然、会食や飲み会も激減した。というか、犬と暮らし始めてからは、どうしても外せない会食には出かけるものの、2次会には行かないと決めた。できるだけ真っ直ぐに帰宅して、自分で料理をして(夫も料理はする)、旬の素材を味わったり、その日の体調に合わせた食卓を用意するようにしている。そしてかたわらには、いつも愛嬌たっぷりな犬が居る。そんな静かな光景に心が満ち足りる幸せを感じる。

安藤優子|わんちゃん

こういうライフスタイルになったのは、仕事の変化ももちろん影響しているが、犬と暮らして学んだことも大いに関係している。我が家はフレンチブルドッグをこの20年弱に4頭飼っていて、今は4代目の女子2歳と暮らしているが、彼ら彼女らの日常にどれほど「生きる」ことのシンプルさを教えてもらったことか。朝は起きる、伸びをして散歩へ出かける。帰ってきてご飯を食べる。昼寝をする。起きて少し遊ぶ。おやつを食べて、また寝る。夕方の散歩に出る。帰ってきてご飯を食べる。寝る。このルーティンをひたすらくりかえし、余計な不満やグチも言わず、明日への怖れもない(らしい)。でもそれが本来「今を全力で生きる」ということなのではないかと思うのだ。

安藤優子|ワンちゃんのお散歩風景

安全な場所で眠れること、安全な食事いただけること、そしていくばくかでも自分のやりたいことができること。私がこれまで取材を通じて見てきた人々の暮らしは、そのどれもが一瞬にして奪われたり、銃弾におびえて逃げまどったり、飢えや感染症の危険性と隣り合わせだったりしていた。だからそうした「あたりまえ」にあると思っている「眠る」こと「食べること」が決して「あたりまえ」ではないということに、わたしたちは気づき、きちんと向き合うことが(おおげさかもしれないが)、自分の人生を全力で生きることに欠かせないと思うのだ。

SLEEP ACTION LAB 編集部

SLEEP ACTION LAB 編集部

SLEEP ACTION LAB の編集チームです。医師・研究者の監修のもと、睡眠の悩みや疑問、そしてさまざまな人の眠り方を取材し、「眠りを、みんなで考える」ための記事をお届けしています。