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西野精治

西野精治

スタンフォード大学医学部精神科教授。ブレインスリープ創業者兼最高研究顧問。1987年にスタンフォード大学へ留学し、以来、睡眠・覚醒のメカニズム研究に取り組む。遺伝性ナルコレプシーの原因遺伝子の発見で世界的に知られる睡眠研究の第一人者。 著書:スタンフォード式 最高の睡眠/スタンフォード式 お金と人材が集まる仕事術 など

あなたにとって睡眠とは?

敵に回すと厄介ですが、味方につければ素晴らしい伴侶

――米国での研究生活が教えてくれた、眠りと自分のペース

睡眠の研究に携わっていると、「何時間眠ればよいですか」「質のよい睡眠をとるには、何をすればよいですか」と尋ねられることがあります。

睡眠は、誰にとっても毎日繰り返される、とても身近な営みです。それでいて、仕事や学業、家事や育児、人間関係、将来への不安など、その時々の生活に大きく左右されます。

私自身、睡眠を研究する立場である前に、毎日眠り、朝を迎え、仕事をし、家族や仲間と時間を過ごす一人の生活者です。眠りは研究室のなかだけにあるものではありません。家庭にも、職場にも、学校にもあります。そして、一人ひとりの人生のすぐそばにあります。

「あと3カ月、もう3カ月」――気づけば1年が過ぎていた留学生活

私が米国スタンフォード大学に留学したのは、1987年のことでした。大阪医科大学の博士課程4年の9月、当初は3カ月間の予定で渡米しました。留学は一生に一度の経験になるかもしれないと思い、妻と当時3歳半だった息子も一緒でした。

しかし、異国での研究生活は、最初から順調だったわけではありません。言葉も文化も、研究の進め方も、日本で経験してきたものとは異なりました。研究室では、実際の実験を行う時間は限られ、実験に使う試験管や実験器具を朝から晩まで洗い続けることもありました。実験動物の世話や採血の準備にも携わりました。はるばる米国まで来て、自分はいったい何をしているのだろう、と疑問を感じることもありました。

さらに、動物実験に関する手続きの不備が明らかになり、睡眠研究所で行われていた動物実験が差し止めになる出来事もありました。私自身だけの責任ではなかったとはいえ、研究所の皆さんにも迷惑をかけました。当初の留学期間である3カ月を迎えたときには、日本に帰るべきかどうか、本当に悩みました。

けれども、このまま「留学した」という経験だけで終わらせたくはありませんでした。やると決めたことに十分取り組まないまま終えれば、きっと後悔が残る。そう考え、もう少し続けてみようと腹をくくりました。「あと3カ月、もう3カ月」と滞在を延ばすうちに、気がつけば留学から1年が過ぎていました。

12年越しの発見と、厳しい研究環境で学んだこと

米国の研究環境で強く感じたのは、成果そのものだけでなく、成果に至るまでの道筋を具体的に考えることの大切さです。どれほど魅力的に見える研究テーマでも、実現できなければ意味がありません。何を明らかにしたいのか。そのために何が必要か。本当に実施できるのか。研究者は常に、こうした問いに向き合います。

そして、研究では成果がすぐに得られないことも珍しくありません。私たちが取り組んだ遺伝性・家族性ナルコレプシー犬の原因遺伝子の発見には、足かけ12年を要しました。ナルコレプシー研究所長のエマニュエル・ミニョー博士、同研究所副所長である私をはじめ、多くの研究者、アシスタント、事務スタッフが関わった、長期にわたる総力戦でした。

西野精治|学会でのポスター発表(ナルコレプシー遺伝子研究)

その研究を支えていたのは、「原因遺伝子は必ず存在する」という強い確信です。存在するかどうかも分からないものを探していたのではありません。私たちが見つけられなかったとしても、いずれ誰かが見つけるはずのものです。であれば、私たちが成し遂げる――。そうした信念が、長い研究を前に進める力になりました。

一つの発見は、誰か一人の力だけで生まれるものではありません。粘り強く研究を続ける仲間、日々の仕事を支える人たちの存在があってこそ、前に進むことができます。

研究は、ときに非常に厳しい世界です。米国の医学研究では、研究費を獲得できるかどうかが、研究室を継続できるかどうかに直結します。よいテーマであっても、実現可能性が低いと判断されれば、十分な支援は得られません。研究費がなければ、必要な設備も人材も維持できない。成果が出なければ、次の機会を失うこともあります。

そのような環境では、長時間働き続けることが努力の証明になるわけではありません。限られた時間と資源のなかで、何を優先し、どこに集中し、どうすれば次の一歩につながるのかを考えなければなりません。これは研究に限らず、仕事や日々の暮らしにも通じることではないでしょうか。忙しくしていることと、よい仕事をしていることは、必ずしも同じではありません。

眠りへの「助走」――スイッチを切るようにはいかない夜

睡眠もまた、こうした働き方や生き方と切り離すことはできません。眠れないとき、私たちは寝室の環境や就寝前の習慣だけに理由を探しがちです。しかし実際には、日中の緊張が続いていたり、仕事を終える区切りがなかったり、翌日への不安を抱えたままだったりすることが、夜の眠りに影響している場合も少なくありません。

現代は、一日24時間、いつでもどこでも仕事ができる時代です。便利になった一方で、私たちは仕事から離れるタイミングを失いやすくなりました。夜になってもメールやメッセージを確認し、頭のなかでは翌日の予定を繰り返し考え心配する。身体は家に帰っていても、脳はまだ仕事を続けている。そんな状態では、眠りに向かうことは容易ではありません。

眠りは、スイッチを切るように突然始まるものではありません。日中の活動から夜の休息へ移るためには、少しの「助走」が必要です。たとえば、寝る前に翌日の予定を書き出しておく。机の上を片づける。照明を少し落とす。入浴をする。静かな音楽を聴く。本を数ページ読む。どれも小さなことですが、「今日の活動はここまで」と心身に伝える合図になります。

完璧を求めない、日中を自分らしく生きるための睡眠

睡眠のために、何かを完璧に行う必要はありません。「毎日必ず同じ時刻に寝なければならない」「8時間眠らなければならない」と考えすぎると、かえって眠りにプレッシャーをかけてしまいます。必要な睡眠時間には個人差があり、年齢や体調、生活環境によっても変わります。数字だけで自分の睡眠を評価しないことが大切です。

西野精治|ソファでくつろぐ一コマ

何より大切なのは、眠ることそのものを目的にしすぎるのではなく、日中を自分らしく、充実して過ごせているかという視点です。睡眠は、活動できない空白の時間ではありません。眠っている間にも、脳と身体は回復し、日中の経験や感情を整理し、明日を生きる準備をしています。よく眠ることは、よりよく起きることにつながります。

朝、すっきり起きられているか。日中に強い眠気で困っていないか。集中力や気分を保てているか。休日に極端な寝だめをしなければ回復できないほど、無理を重ねていないか。こうした日中の自分の状態を見つめることが、自分に必要な睡眠を知る手がかりになります。

睡眠のリズムを整えるうえでは、夜だけでなく、朝の過ごし方も重要です。起きたらカーテンを開け、光を浴びる。できれば外に出て、朝の光と空気を感じる。朝食をとり、なるべく一定の時刻に活動を始める。私たちの身体に備わる約24時間のリズムは、朝の光によって整えられ、夜に自然な眠気を迎える準備へとつながっていきます。

よい睡眠習慣は、朝から始まっています。午前中から心身をしっかり活動の状態へ導き、日中は仕事や学業に取り組む。そして、活動を終えたら、休息へ向かうために意識して心身をゆるめる。よい睡眠のためには、このような昼と夜のメリハリが大切です。

研究も睡眠も、小さな一歩の積み重ね

研究生活を振り返ると、思いどおりにならないことの連続でした。実験がうまくいかない。手続きや資金の問題に直面する。長期にわたる研究のなかで、期待した結果がすぐに得られるとは限らない。それでも、目の前の課題を具体的に見つめ、できることを積み重ねていくことで、次の道が開けてきました。

西野精治|受賞式にて

睡眠も同じです。眠れない夜があったとしても、それを一晩で解決しようとしなくてよいのです。まずは、洗顔をし、朝食をとり、朝の光を浴びる。日中には身体を動かす。就寝前のスマートフォンの時間を少し短くする。翌日に行うことや仕事の手順を整理して、頭のなかの心配ごとをいったん脇に置く。自分にできる小さな行動を続けていくことが、眠りを整える力になります。

もちろん、眠れない状態が長く続く場合や、日中の生活に大きな支障がある場合には、一人で抱え込まないことも大切です。大きないびきや睡眠中の呼吸停止を指摘されたとき、十分に寝ているはずなのに日中の眠気が非常に強いとき、眠れないことへの不安が続くときには、睡眠障害や別の健康上の問題が関係していることもあります。医療機関や睡眠の専門家に相談してください。

睡眠研究者である前に、私も一人の「眠る人」です。だからこそ、睡眠を特別な知識としてではなく、一人ひとりが自分の暮らしのなかで守り、育てていけるものとして考えたいと思います。

眠りを大切にすることは、自分のペースを取り戻し、明日をよりよく生きるための確かな一歩になるはずです。

SLEEP ACTION LAB 編集部

SLEEP ACTION LAB 編集部

SLEEP ACTION LAB の編集チームです。医師・研究者の監修のもと、睡眠の悩みや疑問、そしてさまざまな人の眠り方を取材し、「眠りを、みんなで考える」ための記事をお届けしています。